ことばのない子のコミュニケーション
2010年09月05日
Kchan at 00:50 | Comments(0) | 療育
知的障害者の中には、大人になってもことばがしゃべれるようにならない人がいます。
しゃべれるようになったとしても、何を言っているかいまひとつ聞き取りにくいとか。
知的障害のある子どもをもつ親としては、ことばの獲得が、一番の関心事といってもいいかもしれません。
でも、このような子どもを育てているうち、ある大事なことに気づかされました。
それは、
「ことばとは、話し言葉だけではない」
ということです。
「ことばとは、コミュニケーションの手段であり、コミュニケーションできる力をつけることの方が、しゃべることそのものよりも、よっぽど大事」
ということ。
前回聴覚障害者についてちょっと触れましたが、現代ではもちろん、耳の聞こえない子どもにも、ことばを習得するノウハウができています。
「手話」というコミュニケーション方法がそのひとつです。
聴覚障害のある人で、東大に合格した人もいます。
弁護士として活躍している人もいます。
大事なのは、「しゃべれる」ことよりも、コミュニケーションできることなのです。
わたしたちだって、しゃべれても、うまくコミュニケーションできてないことってありますよね・・・。
しゃべることは、あくまでコミュニケーションという目的の手段にすぎないんですよね。
♪♪♪
障害のある子どもをもってから、話せない子にもいくつかコミュニケーション方法があることを知りました。
次回はそれについて書きたいと思います。
しゃべれるようになったとしても、何を言っているかいまひとつ聞き取りにくいとか。
知的障害のある子どもをもつ親としては、ことばの獲得が、一番の関心事といってもいいかもしれません。
でも、このような子どもを育てているうち、ある大事なことに気づかされました。
それは、
「ことばとは、話し言葉だけではない」
ということです。
「ことばとは、コミュニケーションの手段であり、コミュニケーションできる力をつけることの方が、しゃべることそのものよりも、よっぽど大事」
ということ。
前回聴覚障害者についてちょっと触れましたが、現代ではもちろん、耳の聞こえない子どもにも、ことばを習得するノウハウができています。
「手話」というコミュニケーション方法がそのひとつです。
聴覚障害のある人で、東大に合格した人もいます。
弁護士として活躍している人もいます。
大事なのは、「しゃべれる」ことよりも、コミュニケーションできることなのです。
わたしたちだって、しゃべれても、うまくコミュニケーションできてないことってありますよね・・・。
しゃべることは、あくまでコミュニケーションという目的の手段にすぎないんですよね。
♪♪♪
障害のある子どもをもってから、話せない子にもいくつかコミュニケーション方法があることを知りました。
次回はそれについて書きたいと思います。
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