出生前診断について その6
2012年10月14日
Kchan at 23:24 | Comments(0) | 母の気持ち
さて、今回は「知的障害とは何か?」ということについて書いてみたいと思います。
ダウン症の子には合併症がいろいろありますが、そのひとつが知的障害です。
(知的障害のないダウン症の子も、少数派ですがいます)
おそらく、あなたのお子さんはダウン症ですと言われて一番ショックを受けるのは、身体が弱いことよりも何よりも知的障害ということに対してなのだろうと思われます。
でも、一体、知的障害っていうのは、なんなのでしょうか?
知的障害というのは、「知能指数(いわゆるIQ)が70ないし75未満(以下)のもの」なんて定義されることがあります。
では知能指数(IQ)が低いということは、その子の知能が低いってことなんでしょうか?
そうじゃないんですよね~。
知能指数(IQ)を出す公式は「精神年齢 ÷ 生活年齢 × 100」です。生活年齢というのは、実際の年齢です。精神年齢というのは、知能テストで出た、その子のできた問題に相当する年齢のことです。
注目すべきは、年齢が分母にあることです。
これはどういうことかというと、同じ知的能力のある人がふたりいたとすると、年齢が幼いほどIQが高くなり、年齢が高いほどIQが低くなるということなんです。
これはちょっと考えてみればわかります。
大学生の問題を、大学生が解けても、ふつーというか当たり前です。
でも、それを小学生が解けたら、すごい。
逆に、小学生の問題を、大学生が解けなかったら、IQとしては低くなってしまうわけです。
というわけで、10歳レベルの問題を5歳の子が解けたら、IQ200になって天才とか言われます。
同じ問題を、10歳の子が解けても、平凡です。
20歳になって解けても、誰もほめてくれない。
・・・それで、「神童も、20歳過ぎたらただの人」ということになってしまうわけですね。
つまり、知的障害の定義となっているIQというのは、「その人の知能自体が劣っているかどうか」ではなく、「標準と比べてどれだけ早熟か(あるいはどれだけ遅れているか)」という尺度にすぎないんです。
ダウン症の子は、成長がゆっくりだって言われます。
だから、IQが低く出るのは、当たり前なんです。
IQが低いということは、同年齢の子たちに比べて、遅れてるっていう意味ですからね。
それに、知能テストに使われるようなひねった問題は、ダウン症の子が苦手とする分野で、なかなかいい点がとれなかったりします。算数とか、苦手な子が多いようです。
でも、人の知性というのは、勉強ができることだけじゃないですよね。
相手の気持ちを思いやったり、人の役に立ちたいと思ったり、そういう気持ちのある人は私は知的だと思います。
いくら勉強ができても、自分さえよければ・・・という人ではね。
人の気持ちを汲み取ったり、周りの状況を察したりする力の優れたダウン症の方はいっぱいいますよ。
知的障害というのは、人間の能力のごく一部(特にお勉強的な力)について、発達が人より遅れているってことだったんですね。
もう、すべてにおいて、100%、能力が低いと思っていませんでしたか?
かく言う私も、知的障害があるということは、何もわからないんだと思っていました。
いいことと悪いこともわからないのかも、と思っていました。
今育てていて、私は普通の子どもとして接しています。ちゃんと話も通じます。道理も通ります。
知的障害児かと言われればその通りなんですが、普段暮らしていて、障害を意識することはあまりないですね。
まあ個人的な結論としては、「知的障害とは、少なくとも、命を絶たれなければならないようなものでは決してないですよ」と言いたいですね。
ダウン症の子には合併症がいろいろありますが、そのひとつが知的障害です。
(知的障害のないダウン症の子も、少数派ですがいます)
おそらく、あなたのお子さんはダウン症ですと言われて一番ショックを受けるのは、身体が弱いことよりも何よりも知的障害ということに対してなのだろうと思われます。
でも、一体、知的障害っていうのは、なんなのでしょうか?
知的障害というのは、「知能指数(いわゆるIQ)が70ないし75未満(以下)のもの」なんて定義されることがあります。
では知能指数(IQ)が低いということは、その子の知能が低いってことなんでしょうか?
そうじゃないんですよね~。
知能指数(IQ)を出す公式は「精神年齢 ÷ 生活年齢 × 100」です。生活年齢というのは、実際の年齢です。精神年齢というのは、知能テストで出た、その子のできた問題に相当する年齢のことです。
注目すべきは、年齢が分母にあることです。
これはどういうことかというと、同じ知的能力のある人がふたりいたとすると、年齢が幼いほどIQが高くなり、年齢が高いほどIQが低くなるということなんです。
これはちょっと考えてみればわかります。
大学生の問題を、大学生が解けても、ふつーというか当たり前です。
でも、それを小学生が解けたら、すごい。
逆に、小学生の問題を、大学生が解けなかったら、IQとしては低くなってしまうわけです。
というわけで、10歳レベルの問題を5歳の子が解けたら、IQ200になって天才とか言われます。
同じ問題を、10歳の子が解けても、平凡です。
20歳になって解けても、誰もほめてくれない。
・・・それで、「神童も、20歳過ぎたらただの人」ということになってしまうわけですね。
つまり、知的障害の定義となっているIQというのは、「その人の知能自体が劣っているかどうか」ではなく、「標準と比べてどれだけ早熟か(あるいはどれだけ遅れているか)」という尺度にすぎないんです。
ダウン症の子は、成長がゆっくりだって言われます。
だから、IQが低く出るのは、当たり前なんです。
IQが低いということは、同年齢の子たちに比べて、遅れてるっていう意味ですからね。
それに、知能テストに使われるようなひねった問題は、ダウン症の子が苦手とする分野で、なかなかいい点がとれなかったりします。算数とか、苦手な子が多いようです。
でも、人の知性というのは、勉強ができることだけじゃないですよね。
相手の気持ちを思いやったり、人の役に立ちたいと思ったり、そういう気持ちのある人は私は知的だと思います。
いくら勉強ができても、自分さえよければ・・・という人ではね。
人の気持ちを汲み取ったり、周りの状況を察したりする力の優れたダウン症の方はいっぱいいますよ。
知的障害というのは、人間の能力のごく一部(特にお勉強的な力)について、発達が人より遅れているってことだったんですね。
もう、すべてにおいて、100%、能力が低いと思っていませんでしたか?
かく言う私も、知的障害があるということは、何もわからないんだと思っていました。

今育てていて、私は普通の子どもとして接しています。ちゃんと話も通じます。道理も通ります。
知的障害児かと言われればその通りなんですが、普段暮らしていて、障害を意識することはあまりないですね。

まあ個人的な結論としては、「知的障害とは、少なくとも、命を絶たれなければならないようなものでは決してないですよ」と言いたいですね。
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