同じ長野市の子どもだから
2010年07月22日
Kchan at 08:15 | Comments(0) | 母の気持ち
母の気持ちを続けて書いてきましたがそろそろこのあたりで一段落です。
今回は「同じ長野市の子どもだから」と題しました。
長野市の子どもたちは、市立の小中学校に通っています。
そこで、学校に通うまでの交通の便(遠い子の場合)や交通費、放課後や夏休み中の預かりの充実などについては、長野市が面倒を見てくれます。
ところが、障害のある子たちは、蚊帳の外になり、長野市に面倒を見てもらえないのです。
それは、養護学校が県立だからです。
困っていることを長野市にお願いすると、「養護学校は県立だから」と言われます。
学校にお願いすると、「親の責任でお願いします」と言われます。
そう、障害のある子どものことはエアポケットのように、死角になっていて、長野市でも県立学校側でもみてもらえないことになっているのです。
縦割り行政の悪い面のしわ寄せが、モロに障害のある子どもとその家族に振りかかっています。
同じ長野市の子どもなんだから、長野市で面倒見てくれないものでしょうかね?
そう考えると、やっぱり県立だからダメなんだ、ということになります。
長野市立の養護学校が欲しい!(須坂市みたいな)
そんな願いがあります。
母体が大きすぎると、何にせよ要求しても実現まで時間がかかりすぎ、その間に事情を知っている親が卒業していって、また新しい親が一から要求しなければならない、ということの繰り返しになってしまいます。
しかしとりあえず、障害のある子とない子で分けられているようなしくみをやめ、長野市が長野市の子どもをまとめて面倒見てくれるようなシステムにしてくれないものでしょうか。
「子ども課」みたいに一本化して。
管轄が違うから長野市は面倒見れません、みたいなことにならないためにも。
<障害のある子の親が困っていること>
・養護学校に通っている子は親が送り迎えしなければならない(稲荷山養護の場合。肢体不自由の子は稲荷山に行くのが普通です)
・その交通費はセンター生の場合支給されない(センター生というのは、訓練をたくさんしてもらえる子どものことです)
・養護学校には児童センターのようなところはなく、放課後や夏休み中預かってもらえるところがない、・民間のところは満杯で毎日は預かってもらえない、学校からの送り迎えは親がしなければならない(これでは親は働けません)
・しかも有料である(障害のない子たちは無料です)
・・・など、長野市の子どもたちが受けている恩恵を、障害のある子は受けられなくなっています。
健常の子どもは大きくなると手がかからなくなってきますが、障害のある子どもは逆に大きくなるほど大変になってくる面があります。
小学校4年生になったから家でひとりで留守番、というわけにはいかないのです。
だからこそ、障害のある子の方も手厚く面倒をみてほしいと思います。
これからいろいろな機会をとらえて声をあげていかなければと思います。
障害児の親は強くなければ。
今回は「同じ長野市の子どもだから」と題しました。
長野市の子どもたちは、市立の小中学校に通っています。
そこで、学校に通うまでの交通の便(遠い子の場合)や交通費、放課後や夏休み中の預かりの充実などについては、長野市が面倒を見てくれます。
ところが、障害のある子たちは、蚊帳の外になり、長野市に面倒を見てもらえないのです。
それは、養護学校が県立だからです。
困っていることを長野市にお願いすると、「養護学校は県立だから」と言われます。
学校にお願いすると、「親の責任でお願いします」と言われます。
そう、障害のある子どものことはエアポケットのように、死角になっていて、長野市でも県立学校側でもみてもらえないことになっているのです。
縦割り行政の悪い面のしわ寄せが、モロに障害のある子どもとその家族に振りかかっています。
同じ長野市の子どもなんだから、長野市で面倒見てくれないものでしょうかね?
そう考えると、やっぱり県立だからダメなんだ、ということになります。
長野市立の養護学校が欲しい!(須坂市みたいな)
そんな願いがあります。
母体が大きすぎると、何にせよ要求しても実現まで時間がかかりすぎ、その間に事情を知っている親が卒業していって、また新しい親が一から要求しなければならない、ということの繰り返しになってしまいます。
しかしとりあえず、障害のある子とない子で分けられているようなしくみをやめ、長野市が長野市の子どもをまとめて面倒見てくれるようなシステムにしてくれないものでしょうか。
「子ども課」みたいに一本化して。
管轄が違うから長野市は面倒見れません、みたいなことにならないためにも。
<障害のある子の親が困っていること>
・養護学校に通っている子は親が送り迎えしなければならない(稲荷山養護の場合。肢体不自由の子は稲荷山に行くのが普通です)
・その交通費はセンター生の場合支給されない(センター生というのは、訓練をたくさんしてもらえる子どものことです)
・養護学校には児童センターのようなところはなく、放課後や夏休み中預かってもらえるところがない、・民間のところは満杯で毎日は預かってもらえない、学校からの送り迎えは親がしなければならない(これでは親は働けません)
・しかも有料である(障害のない子たちは無料です)
・・・など、長野市の子どもたちが受けている恩恵を、障害のある子は受けられなくなっています。
健常の子どもは大きくなると手がかからなくなってきますが、障害のある子どもは逆に大きくなるほど大変になってくる面があります。
小学校4年生になったから家でひとりで留守番、というわけにはいかないのです。
だからこそ、障害のある子の方も手厚く面倒をみてほしいと思います。
これからいろいろな機会をとらえて声をあげていかなければと思います。
障害児の親は強くなければ。

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