知的障害がないのに普通小学校に入れない?
2010年07月16日
Kchan at 07:56 | Comments(0) | 母の気持ち
これまで、普通小学校で学ぶことのメリットについて、ひとりの親の気持ちとして書いてきました。
「学校の勉強がわからないんだから、わからない中、座ってるだけじゃその子もつらいだけなんじゃないの?」
という意見もあるだろうと思います。
その意見の是非はともかく、知的障害があってさえも、親は普通学校で学ぶことのメリットが大きいことを考えているのです。
(算数と国語だけ別室で教えてもらってあとは普通学級で過ごすとか、いろいろなやり方があるはずです)
それをふまえると、ましてや学校の授業についていける知的能力をもった子供たちなどは、ぜひ普通小学校で学ばせてあげたいと思うものです。
ところがそれもままならないのが、今の長野市の現状なのです。
♪♪♪
『五体不満足』というベストセラー本を書き、ニュースキャスターや教諭の経験もある乙武洋匡さんは、生まれつき両腕両足がないという障害を抱えながら、普通高校を卒業して早稲田大学を卒業しました。
車いすで普通のお仕事をされている方はたくさんいます。
長野市役所など公的な職場で働いている車いすの方はよく見かけますよね。
長野市で、エレベータのある小学校は共和小学校ただひとつです。
そこで、車いすの子が小学校に行きたいと思う場合、その子の親は引っ越すか毎日の送迎をして、共和小学校に通う道を選ぶことができます。
その子が中学になりました。
中学校も、エレベータのある中学校で学びたいと考え、探してみました。
長野市に、エレベータのある中学校はありません。
そこで、車いすの子は、普通中学校に入学することはできないのです。
養護学校の中等部となります。
これって変だと思いませんか?
エレベータは高価なものですから、すべての中学校にエレベータをつけろなどとは言いません。
でも市内にひとつくらい、中学校にエレベータをつけてもいいのではないかというのです。
特に、これから新しく建てる中学校には。
(できれば、共和小学校の子供たちが通う中学校にできるといいんですけどね・・・。)
♪♪♪
でも、施設の問題だけではないのと思うのです。
「エレベーターがないからこの学校には入れません」というのは、車いすの人に「この駅にはエレベーターがないから、電車は利用しないでください」というのと同じではないでしょうか。
長野駅は、エレベーターのないホームがけっこうあります。
今ようやく改築中ですが、それまでは新幹線のある長野駅でさえ、「ベビーカーの人や車いすの人は利用しないでください」ということだったのでしょうか。
そんなことはないですよね。
行きがかりの人や駅員さんの手を借りて、利用していたはずです。
施設の問題があれば、周りの人間が手を貸すのが一般社会というもので、「施設が整っていないから利用できません」というのは変だと思います。
毎日のことだから大変?
そういう発想なら、車いすの人だってエレベーターのないところには結局遠慮して行けないことになりますよね。
学校など、その子の属するクラスだけ毎年1階の教室にすればすむだけの話です。
スロープくらいならすぐにつくでしょう。
特別教室に移動するときは、周りが手を貸せばよいのです。
そういう姿を見て、子どもたちは将来バリアフリー社会を作るのではないでしょうか。
施設がないからダメというのは、ひいては施設のバリアフリー化を言い訳に心のバリアフリーが進まないことにつながります。
(エレベーターがあるんだから、私たちは何も手を貸す必要はないでしょ、みたいな)
長野市内で、近年普通中学校を卒業した車いすの子がいます。
その中学では、先生が特に頼まなくても、男子も女子も関係なく、みんなで車いすをかついで階段を昇り降りして三年間過ごしていたということです。
その子の存在のおかげでとてもまとまったいいクラスになったということでした。
「エレベーターがないから、車いすの子(人)はダメ」
という発想は、変えていかなければならないのではないかと思います。
つづく。
「学校の勉強がわからないんだから、わからない中、座ってるだけじゃその子もつらいだけなんじゃないの?」
という意見もあるだろうと思います。
その意見の是非はともかく、知的障害があってさえも、親は普通学校で学ぶことのメリットが大きいことを考えているのです。
(算数と国語だけ別室で教えてもらってあとは普通学級で過ごすとか、いろいろなやり方があるはずです)
それをふまえると、ましてや学校の授業についていける知的能力をもった子供たちなどは、ぜひ普通小学校で学ばせてあげたいと思うものです。
ところがそれもままならないのが、今の長野市の現状なのです。
♪♪♪
『五体不満足』というベストセラー本を書き、ニュースキャスターや教諭の経験もある乙武洋匡さんは、生まれつき両腕両足がないという障害を抱えながら、普通高校を卒業して早稲田大学を卒業しました。
車いすで普通のお仕事をされている方はたくさんいます。
長野市役所など公的な職場で働いている車いすの方はよく見かけますよね。
長野市で、エレベータのある小学校は共和小学校ただひとつです。
そこで、車いすの子が小学校に行きたいと思う場合、その子の親は引っ越すか毎日の送迎をして、共和小学校に通う道を選ぶことができます。
その子が中学になりました。
中学校も、エレベータのある中学校で学びたいと考え、探してみました。
長野市に、エレベータのある中学校はありません。
そこで、車いすの子は、普通中学校に入学することはできないのです。
養護学校の中等部となります。
これって変だと思いませんか?
エレベータは高価なものですから、すべての中学校にエレベータをつけろなどとは言いません。
でも市内にひとつくらい、中学校にエレベータをつけてもいいのではないかというのです。
特に、これから新しく建てる中学校には。
(できれば、共和小学校の子供たちが通う中学校にできるといいんですけどね・・・。)
♪♪♪
でも、施設の問題だけではないのと思うのです。
「エレベーターがないからこの学校には入れません」というのは、車いすの人に「この駅にはエレベーターがないから、電車は利用しないでください」というのと同じではないでしょうか。
長野駅は、エレベーターのないホームがけっこうあります。
今ようやく改築中ですが、それまでは新幹線のある長野駅でさえ、「ベビーカーの人や車いすの人は利用しないでください」ということだったのでしょうか。
そんなことはないですよね。
行きがかりの人や駅員さんの手を借りて、利用していたはずです。
施設の問題があれば、周りの人間が手を貸すのが一般社会というもので、「施設が整っていないから利用できません」というのは変だと思います。
毎日のことだから大変?
そういう発想なら、車いすの人だってエレベーターのないところには結局遠慮して行けないことになりますよね。
学校など、その子の属するクラスだけ毎年1階の教室にすればすむだけの話です。
スロープくらいならすぐにつくでしょう。
特別教室に移動するときは、周りが手を貸せばよいのです。
そういう姿を見て、子どもたちは将来バリアフリー社会を作るのではないでしょうか。
施設がないからダメというのは、ひいては施設のバリアフリー化を言い訳に心のバリアフリーが進まないことにつながります。
(エレベーターがあるんだから、私たちは何も手を貸す必要はないでしょ、みたいな)
長野市内で、近年普通中学校を卒業した車いすの子がいます。
その中学では、先生が特に頼まなくても、男子も女子も関係なく、みんなで車いすをかついで階段を昇り降りして三年間過ごしていたということです。
その子の存在のおかげでとてもまとまったいいクラスになったということでした。
「エレベーターがないから、車いすの子(人)はダメ」
という発想は、変えていかなければならないのではないかと思います。
つづく。
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