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特別支援を活用しようその1

2012年08月08日

 Kchan at 11:16 | Comments(0) | 学校など
久々に学校シリーズを再開します。

先日、親の会で長野大学の高木先生をお迎えしての講演会が行われました。
なかなか興味深いお話があったので、少しこちらで紹介したいと思います。
(後から自分で調べたことも混じっています)

今回は、現在障害児の教育はどのくらいの権利が保障されているの?ということを知るために、特別支援教育の流れを見ていきたいと思います。

特別支援学校(養護学校)って、一体いつからあるかご存じでしょうか

Wikipediaで調べると、1875年(明治8年)、京都で聞こえない子供たちを集めて手話を指導し始めたのが最初だそうです。
それまでの、聞こえない子どもたちはどうしていたのでしょう。
「わが指のオーケストラ」という漫画を見ると、ことばに出会うまでのろうの子どもの生活を少し伺い知ることができます。(大正初期を舞台にした漫画です)
手話の歴史、ろう者の文化を垣間見ることのできる傑作なので、興味のある方は読んでみてください。
(私も読みました!すごくいい漫画ですよ)

1947(昭和22年)年、教育基本法・学校基本法で、盲・ろう・養護学校を設置するようにという法令が出ました。
けれども設置は各都道府県に任せるとして、義務ではなかったため、それほど数は増えなかったようです。

長野県若槻養護学校は1956年(昭和30年)、長野養護は1961年(昭和36年)、松本養護は1972年(昭和47年)にできていますから、すぐではなかったのですね。
全国的にも、養護学校の数はまだまだ少なかったようです。

1979年、養護学校設置の義務化がされ、それから学校の数が急に増えていきました。
上田養護1979年(昭和54年)、花田養護1981年(昭和56年)なども、この義務化を受けて設置されたようです。

つまり、子供を学校に通わせる義務はあったのに、30年間も、通わせる学校がない状態があったわけです。
それまで、障害のある子どもたちはどうしていたのでしょうか?
つづく。^^;


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